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ダメだし
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日付:2010/07/19 (Mon) 11:58:45 -名前:花茶
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「愛情という点滴」
「愛を奪う」という言葉は間違っている 「愛をもらう」という言葉が正解である 愛をもらうことは人間が生きていくにあたって 極めて重要である。ライフラインである。 「愛をもらう」ことは点滴である 苦しいとき 悲しいとき 耐え切れなくなったとき 周りの人の愛情を いっぱい 吸収して元気になることだ 「与えきりの菩薩の愛」は 死と絶望と苦痛をもたらすであろう 「愛を奪いたい!」という気持ちになるときこそ 本当に愛情補給が必要なときなのだ いっぱい愛してもらいなさい いっぱい慰めてもらいなさい いっぱい買ってもらいなさい 元気になってから 恩返しに愛を与えることだ 7次元菩薩界の人間は 寂しい哀れな人間なのだ 幸福の科学ダメだし研究家・花茶 Re: ダメだし
日付:2010/07/19 (Mon) 14:57:39 -名前:通行人
>「与えきりの菩薩の愛」は死と絶望と苦痛をもたらすであろう 幸福の科学における与えきりの自称菩薩の愛とやらは、その見返りに その何十倍ものマネーをしっかり頂戴していますからね。 花茶さんの想像する死と絶望と苦痛とは、違ったモノを感じているかもしれませんよ。 幸福の科学における与えきりの自称菩薩たちはね。 もちろん仏教に出てくる本物の菩薩自身は、当たり前ですが 人間のお金を欲しがりません。 菩薩がお金を取り立てたと聞いた事もありません。 かといって、お金を無意味なものだとも思っていないと思われます。 (正式な仏教と違いがわかりやすくなると思い、文章をちょっと変えてみました) ↓ 「お布施という点滴」 「お布施を巻き上げる」という言葉は間違っている 「お布施をさせてあげる」という言葉が正解である お布施をもらうことは幸福の科学職員が生きていくにあたって 極めて重要である。ライフラインである。 「お布施をさせてあげる」ことは点滴である 苦しいとき 悲しいとき 耐え切れなくなったとき 周りの人のお布施を いっぱい 吸収して元気になることだ こっちのほうが実情に近いと思われますが、 若い花茶さんには どうでしょう? もともと 解釈次第ですが、奪う愛、与える愛なぞ 釈迦が説法したなんてことを言う人は大川さんぐらいですからね。 仏教の長い歴史の中でも、その中のたくさんの人たちの中でもね。 ほな、さいなら。 Re: ダメだし
日付:2010/07/23 (Fri) 01:36:19 -名前:エル・バカターレ
「花茶」さん、こんばんは。
面白いこと書いてますね~。私と似ているので、興味深く読ませていただきました。 最近の私は「もらう愛」、「頂く愛」、「頂戴する愛」を実践しています。 でも「奪う愛」ではないんですよ。誤解しないでくださいね。 「あなたに会って、幸せな気持ちにされてもらった。嬉しーっ!」 「あなたが微笑んでくれた。ハッピーな気分にさせて頂いた。嬉しーっ!」 「あなたと会えて、今日一日ウキウキ気分を頂戴した。ありがとうーっ!」 こんな感じで生きております。 相手の善意を喜んで、嬉しい気持ちを大げさに喜んだ方が、相手も幸せな気分になるみたいです。 最近私は「犬」になって、頭をなでられたくらいで、全身で喜びを表現するようにしています。 「花茶」さんの「ダメだし研究家」には笑っちゃいました。 これからもゲラゲラ笑える書き込みを期待しています。 Re: うん
日付:2010/07/28 (Wed) 07:20:54 -名前:花茶
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いつも私が悶々と考えていることは
幸福の科学の「ダメだし」です 変な発言を耳をそばたてて聞いていますが 幸福の科学のことは早く忘れようと 思ってます ありがと |
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