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そもそもの疑問です
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日付:2011/02/21 (Mon) 15:59:02 -名前:おだんご
初めて投稿させていただきます。よくこの掲示板を拝読しております。
さて、私の疑問ですが、幸福の科学が「大川教」ならばともかく、仏教を標榜しているのに、とても仏教とは言えない内容であると断言したいです。それでも幸福の科学の信者だった方が一度は魅了されたのは何故か、どこに魅了されたのかと疑問に思うのです。
私の知人も熱心な信者です。何度か教義が仏教とは矛盾しているなどと伝えたことがあります。
私は先ずは皆さまにこの点を伺いたいのです。それが今後の信者の脱会にも有益になると思うからです。
信者の方の中には、昔は正しかったが今だけがおかしくなっているというように、過去と現在とを切り離して、原点に回帰すれば正しいあり方に戻るというようにお考えの方もいるでしょう。しかし、果たしてそうでしょうか?そこを明らかにして、問題が現在だけのもの、外的要因によるものという認識をあらためないと本質を見極められないと思うのです。

Re: そもそもの疑問です
日付:2011/02/21 (Mon) 16:43:38 -名前:とらわれえざる者
おだんごさん こんにちは

大川の仏教理解は宗教学の生徒にすら及びません
仏教以外の他の宗教についても同様です
大川の各宗教観は通俗的無理解(誤解)な事が多いです
この”通俗的”と言う世間一般に受け入れやすいという部分が、ごく普通の人をひきつける要素になったんじゃないかと思います
(トンデモ系の”水からの伝言”、”ゲーム脳”がある種の人達に”ウケタ”理由と似通ってると思います)
他の本来の宗教との教義の矛盾については他の方が詳細に検証されてますのでそちらを参照すれば明確にわかると思います
大川の痛いところはその自分の教義自体をコロコロ変えて矛盾を起こしてる事だと思います

ヤフチャに居る信者が
”大新聞にKK出版の本の宣伝が出てるのは、信頼されてる証拠”
と言ったりしてますが、一定の基準をクリアして料金払えば広告は載りますw
いわばこういう権威主義のドグマに陥ってる判断基準なんかも要因だったのでしょう

これはKKに限った話ではないのですがニューエイジャーや神秘主義、オカルティスト等の”現象”の解釈の身勝手さの心地良さなんかも影響してるでしょう

確かに初期と現在では言ってる事は変わってます
だからと言って初期の頃は”正しかった”と言うわけではないです
初期と現在ではそのおかしさの質が変わったと見るべきでしょう

Re: そもそもの疑問です
日付:2011/02/21 (Mon) 16:45:00 -名前:mikan
おだんごさん、こんにちは。
私は初期の頃の会員だったから、参考にはならないかもしれないけれど、
幸福の科学は仏教だけでなく、キリスト教、他宗教、聖人、賢人・・
あらゆる宗教、スピ系を自分のオリジナルで体系化したものです。
ただ大元はGLAの高橋信二である事は大きかったですね。
(今は高橋はKKでは方便として切り捨てました。)
あらゆる教えのエッセンスをつまみ食いし、大川を頂点に持ち上げるような
宇宙観、世界観を展開して信じ込ませております。
それで、既存の仏教は釈迦の教えを正確に伝えていない経典仏教であるとし、
自分は霊能がある啓示型宗教だと標榜しているのです。
ですので、既存の仏教は間違いであるとし、仏教哲学は間違いだと一蹴しているのです。
現在は、様々な矛盾を指摘されて、大川も仏教を勉強してますので、その矛盾を解決すべく自己流に局解して本を出版しているので、信者はそれを信じきっています。

仏教の教義でせまっても、古いものだとして見もしませんから、
エルカンターレ(仏陀)としての、(応心)大川自身の振る舞い言動。
コロコロ変わる僧(教団)のあり方を見る事が、
一番洗脳を説くきっかけになると思います。

そうして、少しずつおかしいところに本人が気がつけば良いでしょう。
初期の間違いに気がつくまでには、時間がかかりますので、
まずは、大川の言動のブレ、振り回される信者、教団。
そのようなところを冷静に見られるように勧められたらいかがでしょうか。

私は最初から間違っていたという結論を出していますが、
そこまでにはちょっと時間がかかるでしょう。
でも、最近の信者さんはあまりに教団がおかしいので、
あやまりに気がつくのは早いかも。信者歴にもよるでしょうね。

ご参考までに。







Re: そもそもの疑問です
日付:2011/02/21 (Mon) 19:30:03 -名前:おだんご E-mail
「とらわれえざる者」さま、「mikan」さま、はじめまして。そしてご丁寧な返答をくださりありがとうございました。
既存の仏教は間違いとして一蹴すると「mikan」さまのご指摘は、なるほどと思いました。これでは幸福の科学の信者さんと同じ土俵で仏教を語り、「本来の仏教とは…」と違いを示すことができないということをあらためて感じました。
「とらわれえざる者」さまのご指摘の通俗的な部分が世間一般に受け入れられたということにも共感しました。「わかりやすさ」が受けて、それが真実なのかが置き去りになってしまって、いつの間にか、「神理」と名づけた大川流の解釈のみを正解とする軌道に乗ってしまったのかとも考えます。
ですから、宗教学や仏教学でどうのと言っても、現在進行形で直接の「言葉」を絶対とする立場にいる以上、どうにも邂逅できないということでしょうか。
初期は高橋信次氏のパクリの部分が多かったのが、宗教法人格を目指す頃か、仏教を標榜して、仏教用語を多く使うようになったと思うのです。
そのためにも初期の教義ではやっていけないことに気付いたのか、「正心法語」を改訂して、それまでのものは回収したと聞きます。
そもそも「正心法語」は、遊び心で書いたものをある支部で経典のように読むようになったと大川自身の告白がテレビで流れたことがあります。
少しずれましたが、ご指摘のように、言うことがコロコロと違うことに矛盾や自己弁護にしかならないと気付くしかないのかと思います。
また投稿させてください。ありがとうございました。

Re: そもそもの疑問です
日付:2011/02/21 (Mon) 20:52:40 -名前:無明の孔明
おだんごさん、はじめまして。

>そもそも「正心法語」は、遊び心で書いたものをある支部で経典のように
読むようになったと大川自身の告白がテレビで流れたことがあります。

そうだったんですか??
たしか別の呆話では、「お籠り」と称して、大きな講演会の前には
霊エネルギー充電のために1か月ほど人と会わないと言っていました。
現実は会の運営などでそれはできないため、人と会うたびにエネルギーが
失われていくそうです。「正心法語」作成時のような研ぎ澄まされた状態は
10年に一回あるかないか、とのことです。

お遊びが本当なら、ふざけていますね・・・。

Re: そもそもの疑問です
日付:2011/02/21 (Mon) 22:08:02 -名前:mikan
おだんごさん、こんにちは。

>「とらわれえざる者」さまのご指摘の通俗的な部分が世間一般に受け入れられたということにも共感しました。「わかりやすさ」が受けて、それが真実なのかが置き去りになってしまって、いつの間にか、「神理」と名づけた大川流の解釈のみを正解とする軌道に乗ってしまったのかとも考えます。

そうなんです。そのわかりやすさが罠のひとつです。
お釈迦様は衆生を救うために本来はわかりやすい教えを説いたというのです。
これは、GLAの高橋信二も同じです。
彼の般若心経の解説をほとんど踏襲してますので、GLA系を引き入れたのです。


>ですから、宗教学や仏教学でどうのと言っても、現在進行形で直接の「言葉」を絶対とする立場にいる以上、どうにも邂逅できないということでしょうか。

そういうことです。
今、救世主が現れたのだから、大川総裁の言葉が全てになる訳です。これではかみ合わないでしょう。
信者は大川の操り人形に成り果てます。

救世主は過去にも現れた。そして釈迦は弥勒下生を説いたであろうと。ならば、現在は末法の時代である。我こそはその救世主であるといったのです。その弥勒は私であるといっているのです。
マイトレーヤでありキリストであり、仏陀であるその存在は、大川であり、今回はその根本仏が出たのだと。(信者の脳内)

つまるところ、他のカルトもそうですが、信者は救世主願望にとりつかれている訳です。必ず混迷の時代に現れると。

この考え方を正さなくては、HSを去ってもまたどこぞの新宗教へさまよう事となるでしょう。

Re: そもそもの疑問です
日付:2011/02/22 (Tue) 01:01:20 -名前:幸福うれい
信者の話によれば、人間が死ぬとどうなるかという疑問に明確に分かりやすく
答えてくれたのが幸福の科学の教えだったようです。

教義を簡単にまとめると、
人間は霊であり、死んで肉体が無くなっても霊があの世で生き続ける。
あの世は絶対にあり、9次元の世界。
大川隆法は仏陀の生まれ変わりであり、霊能力があり、あの世の事を知っている。
大川隆法を信じれば天国に行く。信じなければ地獄に行く。

この教義をもっともらしく見せるために、仏教、キリスト教など既存の
宗教のいいとこ取りをして、大川隆法は語っているに過ぎないのです。

大川隆法の書籍、言動、大川隆法の近くにいた元職員の話などを総合すれば、
大川隆法は、まったく尊敬に値する人物でない事は明白です。そんな人物が、だれも
見たことのないあの世の事を話しても信じる事は出来ないのですが、一度、信じてしまうと、
あばたもえくぼになってしまうようです。

大川隆法の言っている事をちょっと調べて、論理的に考えれば
おかしい事がすぐに分かるのですが、直観で判断し、論理的に考える事が苦手な人が
ひっかかっているのではないかと思います。

上記の教義の基本が崩れなければ、大川隆法にとって仏教は単に飾りでしかないので、
以前と違う事を言っても、適当に理由を付けて正当化してしまうのです。

Re: そもそもの疑問です
日付:2011/02/22 (Tue) 03:31:46 -名前:エル・バカターレ
おだんごさん、はじめまして。

私は初期からの愛読者で休眠と活動を繰り返したので「いい加減信者」ですが、一点思っていることがあります。
それは「幸福の科学のほんとうの教祖は大川隆法ではなく、善川三朗である」という視点です。

大川隆法の父である善川三朗は、いろいろな宗教を勉強していました。
それを元に現在の幸福の科学の基礎の教義を作り上げたわけです。
日蓮宗・キリスト教・生長の家・GLA・神智学などに精通しているだけあって、その教義は「分かりやすい」の一言です。

ですが息子の大川氏は善川氏に比べると勉強をしていません。
幸福の科学教団を作った善川氏が、霊能者として仕立て上げた息子に教団を乗っ取られたのだと言えるでしょう。
大川氏は家族関係に問題があったようで、お兄さんの葬儀にも出ませんでしたし、父の善川氏も冷遇しました。
善川氏はイスラム教は勉強していなかったので、大川氏もイスラム教に関する教えは現在までほとんどないのです。

最近の信者さんの気持ちはわかりませんが、
少なくとも初期段階でハマった私は、大川氏の教えではなく、善川氏の教えにハマったと言えます。
ちなみに善川氏の著作である「初期霊言集」は現在絶版になって、千円ほどの本が会員限定の2万円で販売されています。
私にとって善川氏の教えに比べると、大川氏の説法は50分の1です。
もっとも私も最近は善川氏も「詐欺師」だったと思っているのです。

Re: そもそもの疑問です
日付:2011/02/22 (Tue) 12:32:03 -名前:mikan
善川氏について

初期霊言集(潮文社)シリーズは、現在の大川本と比べると内容も良いし面白いでしょう。けれどもこれを踏襲するHS分派が発生しており、これも問題があります。なぜならこのシリーズでは高橋信二霊言集も出版し、大川が自分(高橋)の後継者であると暗にほのめかす言葉を最後に残して霊言を終えているからです。
内容については、良いところもありますが、所詮霊界通信であり、スピ系です。同じようなスピ系(シルバーバーチとかモーゼスの霊訓)が前後して発刊しておりまして、25年くらい前は心霊主義のひとつのブーム期でありました。そのグループはKKと接触してた事があったのですが、すぐに大川は偽者だと離れていきました。(著作を読めばKKを批判している箇所があります。)

さて、HSが引用したという神智学についてからの知見を述べてみましょう。(神智学の正邪をここではおいときます。)

初期作品も(他心霊主義も含めて)神智学からみると、およそ善川氏も大川も精通しているとは言えません。(理解できる頭じゃないです。)若干エッセンスがあって、体系を歪曲したかなぁという程度です。尚、神智学の立場では心霊主義、神秘主義の位置づけははっきりしていて、結論から言えば論ずる程のものでもないという程度でしょう。

善川氏は明らかに嘘をついているところがあります。それが詐欺師といえるかどうかはともかくも、ただ、善川氏が優れていたとは私には思えませんでした。息子の大川の方が格段にカリスマ的なものがあり(演技か憑依か知りませんけど・・笑)力があったのですね講演では。
まんまと騙されてしましいたけどね。

今振り替えってみると、それも全部嘘で見る価値もないです。

みなさま、ありがとうございます。
日付:2011/02/22 (Tue) 18:54:05 -名前:おだんご
「無明の孔明」さま、「幸福うれい」さま、「エルバカターレ」さま、「mikan」さま、「とらわれえざる者」さまご返答ありがとうございました。
私はこれまで会員だった方がKKあるいは大川のどこに魅了されたのか、なぜ信じたのかがわかりませんでした。
皆様のご指摘のように「わかりやすさ」が魅力だったのかと思いました。ただ、この「わかりやすさ」が曲者だったのでしょう。
大川自身が学歴社会の「信者」なのか、あるいは学歴しか自信をもてるものがなかったのか、あるいは逆に学歴に見合うとは思えない自身の現実の裏返しからなのでしょうか。
過去には10冊読んでの感想文を課して入会の可否を決めるとか、試験を実施するとか、機関誌でも学歴社会肯定をするなど、競争と選別の仕組みを導入して、会員になることが「勝ち組」の一歩となり優越感を感じさせ、試験に合格することで自分の格が上がると思い込ませたと思います。
私は宗教観や人生観を育むためには、いろいろと本を読んだり、諸師に尋ねたり、人生経験を積んだりと試行錯誤をしていくものだと思います。
ところが一方に「わかりやすさ」の怖さがあり、簡単明瞭に一つの答えを提示する、大川本だけ読めば全て「わかる」という軌道に乗ってしまうのです。寄り道や回り道はしないで、大川本を読めば、いつも近道を歩んでいるような錯覚に陥り、「本当に正しいのだろうか」「これで良いのか」という振り返りや自問自答もなくなってしまうのでしょう。
よくカルト(悪い意味で)といわれる教団は、情報遮断をするという共通点があります。都合の悪い情報は入れさせない、教団側の情報しか入れさせないということです。信者に一つの選択しかさせない(あれこれと考えさせない)「これさえしていれば良い」という「わかりやすい」答えが信者自身の思考を停止させているのでしょう。